去年の秋ごろを最後に自分のBlogを開いてさえいなかったけれど、
SNSや自分一人の紙日記とは違う良さがあるなあと改めて思ったりしています。
留学を終えて帰国してから、早くも7か月が経ちました。
7か月といったら、パリの9ヶ月半がほぼ一回送れてしまうくらいの長い時間だったわけだ。
帰国後("帰国後”の感覚はもちろんうすれてはいるものの)7カ月間、
去年一年間のことを思い出さない日はありませんでした。
フランスのこと、トーゴのこと。
毎日毎日思い出して、でも考えたと言えるほど頭を絞ることはそれほどなくて、
ああ日本の生活は楽だな、とか、あの時こうしてればよかったのかな、とか、
でも必要なことだったんだから、とか、同じようなことがぐるぐるぐるぐる頭の中を回っていました。
帰ってきたばかりのころは、最後2カ月のトーゴでのインターン生活の難しさもあって、
なんだか気持ちが疲れてしまい、自分ができなかったことを外部環境のせいにしたがっていたところが
あったのかな、と今は思う。
自分の行動や気持ちを冷静に振り返ることができていなかったのかもしれない。
最近になり、前よりは落ち着いて、かつ時間の経過とともに違った視点で去年1年間を振り返ることが
できるようになったのだとちょっと思うようになりました。
今回の留学生活、インターン生活では、できたことや楽しかったことよりも、
できなかったことややり残してしまったことの方が多かったんだと思う。
憧れだった外国の学校での厳しい授業や課題、初めての一人暮らし、トーゴでのインターン。
いつも人の力を借りてはいたけど、助けを求めることも含めて自分でできたんだ、
という自信も多少はついた。
一年間の海外での生活は、今改めて思うけれど、一日一日がすごく貴重だった。
泣きたいくらい辛いこともあったし正直に言って逃げ出してしまったこともあったけど、
自分の一番素直な部分は、あの日々を誇りに思っている。
それでも、もっとあの場所でやれることがあったんじゃないかな、という想いがぬぐいきれない。
もっと正確に言うと、やれることが「あった」、でもそれ以上にこれからまだやれることが「ある」んだと
いう気持ちが自分の中で少しずつ大きくなってきている。
「毎日留学生活のことを思い出す」ことの理由の一つは、現在進行形の就職活動にある。
留学前は、開発援助の仕事がやりたい!とずっと考えていたけれど、1年間を経て
それはやめようと思った。
むしろ、日本という国にベクトルを向けられることをやってみよう、と思うようになった。
帰国後、「考え方が変わったね」と言われるのはこの部分で、友人や面接官から
どうして変わったのか、理由を聞かれたときに答えることはだいたいいつも同じだった。
繰り返しているうちにふつふつとしてきたものもあるし、自分自身の内からの悶々とした想いとしても、
もっとその理由の部分を突き詰めて考えてみないといけない、と思う。
開発援助の意味とは何か?
人権概念は普遍的じゃないのか?
「日本のために」って何だろう?
滞在していた時の感覚に頼って一通りの答えを作ることはできるかもしれないけれど、
今の自分には思考が圧倒的に足りない。
アカデミックな面で申し分のない環境に身を置かせてもらっていながら、情けないことだったけれど、
あと1年の学生生活で、あるいはもっと先の人生でも、ここのところをもっと突き詰めて、
自分の問題として、悩みたい。
(感覚的だけでなくて、もちろん理論的に)
これからまだやれることが「ある」、もう一つのやれることは、
留学生活でできなかったことをこれからの人生でできるようにすることなのかな、
と最近よく思うようになった。
具体的に挙げてみると・・
・フランス語
当初はバイリンガルになると意気込んでいました、
が、留学生活の途中で勉強との兼ね合いで難しいと感じて断念!
(口語表現はそれとして時間を作り学ぶ必要があると思った)
伝えたいことを伝えられて、欲しい情報を取ってこられるだけの語学力を身につけようと思うように。
が、最後まで特にリスニングは難しく、
例えばお仕事などで自信を持って、フランス語に支障ありません、とは言えない。
これはさすがに悔しいので、語学試験等を目安に、勉強を続ける(正確には「再開する。苦笑」)。
・外国語でのコミュニケーションを心から楽しむこと
これが一番「できなかった」意識が強いことかもしれない。
旅行に行ったり、一緒にインターンをした友人とは、彼女のオープンな性格や多くの時間を
共有したこともあって、楽しく話せるようにはなった。
それでも、例えば今日本人の友達と一緒にいる方が楽だし、楽しい。
これはある程度仕方のないことなのかもしれない。
笑いのツボ、感情表現の仕方、色々と違う部分はある。
異文化に生きる人々とコミュニケーションをとる楽しさの一つは、互いの価値観を広げることができる点
にあるのだと思う。
でも、もちろん相手にもよるのだろうけれど、人間が一対一で向き合って、文化的背景を飛び越えた
感情や想いを共有することにも、一つの楽しさや感動があるのではないか。
そうした瞬間はなくはなかった、と思う。例えば、さきほど書いたインターン仲間の彼女と。
数の問題ではないだろうが、自分から心を開き、自分の土俵を守ることに
必死にならずに相手との時間を心からリラックスして楽しむ、そんな時間を
もっと自然に持ちたい。
上に書いたようなことを、今の自分が納得するまでできたら、やっとやっと、留学生活が一旦完結するのかもしれない。
一年間も留学させてもらっておきながら、未熟すぎる結論になってしまったことを
お世話していただいた方に申し訳なく思う気持ちもあるけれど、
満足のいく結果を出すことが周りの人より遅くなってしまったとしても、
自分は自分なのだ。
だから自分のペースで、スロースターターでマイペースな自分のペースで、
やり抜こう、と決めました。
ここまで書いてだいぶすっきりしたな。
道はまだやや長いけれど、でも日々を大切に、
考えることをやめずに、過ごしていきたい。
明日から社会人になる周りの友達よりも長い学生生活を送らせてもらえるのだから、
そのことに感謝して。