2010年2月24日水曜日

adulte/effort

教習所通い3日目、技能がことごとくやり直しになっていて、
3月中に免許がとれるのか、
というか免許自体とれるのか、非常に不安になってきたwうぅ。
他にやらなきゃいけないことー引っ越しの準備、フラ語と英語の勉強などー
がある中で、教習に時間を取られることにいらいらしてしまう。
免許なんて、だれのためでもない、自分のためのものなのに。
親への態度も良いとは言えなかった。
いつまでたっても自分が自分のことさえ満足にできないことを否応でも感じて、落ち込む。
しっかりしているといくら他の人に言われたところで、
一番肝心な、基本的なことが抜けていることはわかっている。
精神的に「成人」できるのはいつになるんだろうか。
そもそも「成人」になることの定義なんて人によっても違うと思うけれど、
私にとっての「成人」は

人として基本的なことが当たり前にできる(時間や約束を守る、とか)
親に余計な心配をかけない
自分の行動についての説明責任を持てる

ことだろうか。
書いてみるとあまりにもふつうのことだけれど、
これらが体に染みついているかのように自然にできるのが、
私が思う大人だなと。
今は恥ずかしながら、これらを意識した上で実行できるかできないか。。
という状態だから、
まだ道のりは長いのかもしれない。
けど、足りないものを意識化することは
それを埋め合わせる第一歩なんだ、と思って、
また明日から、(ブログのタイトル通りだと今日からw)
ひととしての自分をつくっていきたい。


フラ語の勉強が思うように進まない今日この頃。。
地道な努力、地道に「読む」ことを続けられるように。
まだまだだーでも絶対にフラ語はできるようになりたい。
英語でもフラ語でもそうだけど、
語学ができることで可能性はものすごーく広がる。
自分の興味関心対象に外国語が大きく関わっていることもあるとは思うけど、
大学2年間だけでもそのことを心底感じた。
後々はもっともっと感じるんだろう。
留学前に当たる今の時期、
挑戦したいことが周りにまたたくさん見えるようになってきたけど、
やっぱり自分にとって譲れないものを一番大事にしなきゃいけない。
ツールとしての語学を磨くこと、
その大事さは何度も確かめたつもりだったのに、
今の自分は明らかに努力が足りない。

「努力」についてもう少し・・
今日はフィギュアのショートプログラム。
あまりの人気さ(昼間点けた民放番組では、スケート靴の分析までしてた。)に、
あまのじゃくな?私はそこまで熱心に観戦しているほうだとはいえないけど・・・
フリーは生で観ようかな、とも思っている。
鈴木明子選手の演技、インタビューは、観ていてなんだかはっとする。
苦しい時期を乗り越えた人の優しさ、柔らかさが感じられるからかな。
新聞のスポーツ面に、関係者の方の「彼女は人一倍努力した」というコメントが。
京セラ稲森さんの本を読んだ時も
「熱意をもって、人の2倍も3倍も努力する。」という内容の言葉が非常に
印象に残ったな。
やっぱり自分は、
自分であれ他人であれ、
ゆるゆる~としてるのも嫌いではないけど、
まっすぐに努力できている時のほうが好きなんだな。

2 件のコメント:

  1. 自分に満足しないということは非常に重要です。

    これは自分に不満をため込むことではありません。

    自分の可能性を信じ、それを押し広げることです。

    人一倍の努力は、人間にとって欠くべからざる宝です。

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  2. >S君

    気が付いてなかった・・遅くなってごめん(>_<)
    コメントありがとう!!

    不満をため込むことじゃなく~というくだり、たしかにそうだな、と思った。
    一方で、私は一ミリも進歩しない、努力しない(大げさだけど)っていうのもそれはそれでありだなとも思うんだよね。
    自分のタイプとしては、努力することに価値を見るんだけどね。
    大事なのは自分の価値基準にそって自分なりの満足度、納得度を高めていくこと・・なのかな、と思ったりしています。

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