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2011年9月11日日曜日

閑話休題、的な

帰国してからは基本的にのんびりとした日々を過ごしている。
久々に友達に会ってみたり、料理をしたり、本を読んだり、バイトを始めてみたり。
いくつか応募したインターンに落ちてしまって、
「○○のために」何かをするっていう発想を全然したくなかった。
○○がなんであれ。
誰か他の人や、社会的な大義名分といった自分の外にあるものであれ、
「自己成長」や「自分の幸せ」などなど目的が自分自身に帰っていくと思われるものであれ。



だれかのために、自分のために、何かすることって多かれ少なかれエネルギーの要ることなんだと思う。
エネルギーの有無には心と身体の状態が大きく影響するんだと思うんだけど、
せっかくなら自分の人生を大事にしたいんだって考えるなら、一番の基本は心身が元気でいることなのかな。
これは去年一年間感じ続けていたことでもある。
「心身」と書いたけど、心と身体の状態には密接な関係があるっていう説には大賛成で、
私の場合は体力にことごとく自信がないのでw、余裕がなくなる→身体が疲れる→気分が落ちる、
のパターンには今後も気をつけていかないといけないな、と思っている。


どんなことであっても、論理的に突き詰めていって明快な答えが得られることってないんじゃないかと思う。
何も問わない部分、「いいからいい」「好きだから好き」「だめだからだめ」っていう部分を
無条件に信じることにもちょっとしたエネルギーが必要なんだと思う。
ものすごく気分が落ちて、ぐるぐると低空飛行を続けているような時間も嫌いじゃないつもりだけど、
実際問題すべてを捨てて隠遁生活に入るっていうのはなかなか難しい・・
たぶん誰よりも自分自身がそこにブレーキをかけようとする。


「成長」ってなんなんだろうとぼんやり考えていた。
就活関連のサイトなんかを見ていると、驚くほどたくさんの「成長」の文字が。
それぞれはどういう定義で使われてるんだろう。
きっと人によって、漠然としていたとしてもいろんな定義やイメージがある言葉なんだろうとは思う。
昨日は、一年前は、五年前には知らなかったことを知っていたり、
できなかったことができるようになっていたり、
考えなかったことを考えるようになっていることなんかを「成長」というのだとしたら、
そこに価値を見ることもできるし、
価値やら何やらそんなんどうでもいいよって否定してみることもできるんだろうと思う。
「走り続けていないと見えないものがあると思っている」と言っていた知り合いがいた。
実際のところ、それに対して、見えなくたっていい、って言ってしまうことだって容易にできる。
それでも、半ば無条件に(かはわからないけど)そこに自分自身にとっての価値を見出して走る人って
見ていて単純にとってもすがすがしくて、うらやましいような気持ちを覚えるんだよね~
というのが自分の正直な気持ちなのかなぁと思ったりしたので、
気持ちの上での余裕を持ってエネルギーの余分を残せるように心がけつつ、
何かを”頑張って”、今日できないことや知らないこと、考えていないことが
明日少し自分のほうに近づけさせられるように。
そういったことに肯定的な気持ちを持って。
そんな心持ちで過ごしてみようかなぁ・・とちょっとずつ思うようになっている、のかなぁ。

2011年9月1日木曜日

帰国して一カ月が経ち

帰国してから早いもので一カ月経った。
実家での生活や町中にもTVにも新聞にもあふれる日本語を楽しんでいました^^
日本の生活に「慣れた」というより、もとの場所にすっぽりおさまったという感覚。
一カ月、久しぶりの人にけっこう会えた気がする!
家族をはじめ、
・高校時代の友達、
・大学1,2年のクラスの友達、
・今の学科の友達、
・トーゴのNGOを紹介してくださった先輩、
・学生団体の友達、先輩、後輩


とりあえず9月は、ブログをもっと頻繁に更新してw
一年間のこと(フランス+トーゴ)を現時点での自分なりにまとめ、直接会えなかった人にも、
会えたけれど伝えきれなかったな、と思ってることがある人(が全員だと思うけど・・)にも、
時間があったらぜひ読んでください。
一年間、こんな感じで過ごしてました。
・・って言えるようなモノを書くことを目標にします。

8月は、紙日記さえ書かなかった。
基本的には毎日楽しくて、あっという間に過ぎた一か月だった。
でもどこか、一年間の体験を自分の中にこれからどう位置付けていくのか、
そもそも一年間って何だったのか。
呆然としていたような気もする。
久しぶりに会う友達や家族に一年間の話をしていて思ったことは、
・話をするのは楽しい
・一方、自分の話していることは、「あのとき感じていたあの感覚」そのものとは違う。
話をするためある程度思いに形を作っている、感がある
・直近のトーゴのことさえ、「生々しさ」が薄れていっている
・相手によっていろんな反応が返ってくる
・不安(というと大げさだけど)なのはむしろ、相手が普通に頷いてくれたとき。 
話したことは、相手の頭の中にある「型」にすんなりとはまっちゃったんじゃないだろうか。
でも伝えたかったのは、もっと私の文脈の中での感情や体験だったんじゃないだろうか。
・結局のところ・・・自分にとってこの一年ってどういうものだったんだろうか。

親や先輩には、「考え方が変わったね」と言われたのだけど、
そうなんだとしたら、その「変化した」自分が他の人の目にどう映っているのかはわからないし、とっても気になる。

話をしている中で相手に聞かれてやっと思い出すこともたくさんある。
自分の考えを整理して体系的に話すのはものすごく難しい。
書く、文章にする、という作業が、まだ記憶の新しい今の時期に、
胸の中にあるものを少し整理する助けになることを期待してもいる。


2011年2月1日火曜日

2月

もう2月!

2月は、自分が生まれた月だからというのもあるのかもしれないけど、昔から少し特別な感じがする月だった。他の月より2,3日短いだけなのに、あっけなく過ぎていく気がするのも不思議だった。今年は良い滑り出しができた気がして、嬉しい。

いまさら感満載だけど、あと11カ月の2011年、とくに前半の留学生活で心がけてみようかなと思っていることを記録しておきたい。

1、具体的な現状把握に努める
そのうえで、
2、自分を責めない

1、現状把握、は、わりと何にでも言えること。勉強に関して言えば、授業での自分の状況・・予習復習状況しかり、モチベーションしかり。単語も、読んだ量も。生活面で言えば、起床・就寝時間、体重wなどなど。
把握する上で、数字は一つとても良い指標だと思う。
数字で把握できるものは、数字で。覚えた単語だったり、読んだ分量だったりはまさにそれに当たるし、課題の点数なんかも一つの指標になると思う。もちろんよい成績を取ることはこの留学の目的ではない(というか今の自分には難しすぎるw)けど、あくまで自分の状況を知る上では、とても役立つと思う。
(ちなみにフランスでは基本的に20点満点!)

2、について。
去年は色々と空回りしていた、と書いたけれど、
それは何かを考えるとき、計画を立てるとき、その基準を「こうありたい自分」に置き過ぎていたからなのかもしれないと思った。
うまくいかないとき、反省して次に活かそうとはした。けど、思わず自分の能力のなさだったり、
意思の弱さだったりを思って悲しくなることも度々あったし、その時点での自分の具体的な状況から目をそむけようとしていたり、目をむけてもなかなか受け入れられなかったりしていた。
あえて「自分を責めない」
自分を責めて落ち込んでも、結果としてあまり良いことがないっていうのは去年の教訓。
後悔、反省、それだけでどこか満足してたところもあったのかもしれない。自分を責めないこと、はある意味では厳しさだと言えるのかも。

具体的に自分の状況を知ってみる、・・というと大げさに聞こえるけど、今のところは生活面で挙げた就寝時間、起床時間、体重なんかを書きとめてみているだけ笑 でも、自分の今の生活がちょっと具体的に見えるようになったことで、少し意識が変わった気がする。意識が変わったというか、現状を知って受け入れてしまうほうがずっと気持ちが楽で、結果的にはパフォーマンスも上がるんじゃないかな、というのが正直な感想。
記録するだけ、という意味では前に流行ったレコーディングダイエットと同じ、というかそこからヒントを得た笑
レコーディングダイエットの火付け役の人の本、ふらっと寄ったBookoff(がパリにはあります、あとJunkudoも)の新書半額フェアで買ったのでw
授業も今週から本格化するので、勉強面でも、まずは自分の今の力を知ることから始めてみたい。



大げさな言い方になるけど、「未来」のためだけに生きようとするのってあんまりうまくいかないな、というのが去年の一応の教訓だった。
これは別に去年だけに限ったことでもなく、わりと前から。こうやって文章にしている今も、そういうところは自分にまだあると思う。
でも、だからこそ今年は、「今」の自分を出発点にして、
地に足をつけて、毎日楽しんで過ごすことを心がけたいな、と思う。


日本にいた時の自分は、ちょっと焦りすぎてたかな。
ポテンシャルを持った人、頭の良い人、優秀な人、人間性が素晴らしい人、
その全部を持った人・・・
そんな人たちの中で、自分にできることは何だろう、って思った時の答えは「努力」だった。
努力は何物にも勝るという言葉があるし、努力は美徳だと思っていることに変わりはないけれど、
空回りの回数はもう減らしたいかなぁ。
人に勝ることが何一つなかったとしても、
頑張ることさえできなかったとしても、
そんな取り柄が何にもない自分でも、
帰りを楽しみに待っていてくれるんだろうな、と思う人がいる。
こう思うことができたこと、少なくとも一つの収穫なんだろう。
もちろん今も、色んな能力を持った人に囲まれていて、そのこと自体がものすごく恵まれていること。
それでも、そういう人たちと比べた時に何一つ残らない自分であったとしても、「責めない」でいてやろう、と思えるようになったのは一つの自分の変化だと言えるのかもしれない。

2010年2月14日日曜日

A partir d'aujourd'hui・・・

タイトルは、”今日から”

目指すものに向かって頑張りたいと思っている一方で
なかなかうまくいかないなあっていう日もあるけれど、
今日から、今から、また頑張ろうって思える心の元気があれば
またやり直せるはず。
もう一回、心を新たに、まっすぐに、地に足をつけて、
進んでいこうと思う。