2011年9月10日土曜日

言葉に対する感覚

同じアフリカのフランス語圏の国であっても、フランス語が日常生活でどれくらい使われているかどうか
については結構な違いがあるらしい。
(同じ国の中でも地域によって差があるのでしょうが)ホームステイ先の23歳の女の子は、子供のころ同じくフランス語圏のコートジボワールに両親と住んでいたそうなのだけど、そこではフランス語は日常生活でも使われる言葉だったと言っていた。
トーゴでは、フランス語は公用語。学校の授業はフランス語で行われるし、TVやラジオもフランス語。
(ラジオに関しては現地語で放送されるものもあるらしい)
でも日常生活においては、人々は現地の言葉で話していた。
その子いわく、「人々が現地の言葉のほうを好んでいるから」だという。



人為的に国境がひかれたという歴史的な影響によるのだろうけど、
トーゴの国内でも現地の言葉にはいくつか種類があるそうで、南ではエヴェ語、北ではカヴィエ語が主に話されている。だから南の人と北の人が話すときはフランス語が使われるんだそう。
私がいた首都ロメはトーゴの南に位置していて、エヴェ語が使われていた。
ホームステイ先の家にいた8歳の女の子はとても利発な子で、普段はベナンという隣の国に両親と暮らしているのだけど、ベナンのローカルの言葉、エヴェ語、フランス語を自由に操っていた。
エヴェ語は、普通読み書きで使われることがないという。表記があまり一般的ではないらしい。
日常生活の中で普通に聞き、話してはいるけど、読み・書きはフランス語。
看板などの表記もフランス語が使われている。このへんの感覚がすごく不思議に映った。
エヴェ語の読み書きを習う授業が学校で選択できると聞いたけれど、むしろそれは教養の一つという感覚のようだった。
(ちなみに、エヴェ語の表記を編み出したのはドイツらしい。第一次大戦前には、トーゴはドイツの保護領だったそう。フランス領になるのはその後。)
「フランス語圏の国」とひとくくりにして考えていたけど、トーゴではフランス語は「外国語」だったというのが私の印象だった。
日本でいう「外国語」とはまた違う、オフィシャルな言葉、フォーマルな言葉、という感じ。
これもあくまで印象だけど、フランスにいたときに耳にしたフランス語の俗語的な表現をあまり聞かなかった。
生活に完全に定着しているわけではないからこそ、スラングが少ないんじゃないか、というのが
勝手な推測。



フランス語は、多くの人にとって学校で初めて習うフォーマルな言葉で、学校に行っていない人、学校を早くにやめてしまった人の多くはフランス語を話さないようだった。
活動の一環でNGOのメンバーと一緒に地域の家を回ってエイズ等の病気についての話をしに行くことが何度かあったけれど、家にいた多くの人(主に女性)はフランス語が話せないか、少し話せるか、だった。
というより、外国人のインターンの私たちがいなければ、当然のようにすべての話がエヴェ語で行われたのだと思うけれど。メンバーが私たちに気を使ってくれ、通訳をしてくれたこともあった。
フランス語を話していた人たちについても、現地語で話している時とフランス語で話している時の人々の表情が違うな、と何度も思った。
内容がわからないから余計そう思えたのかもしれないけど、現地語で話している時のほうがずっとリラックスしているように見えた。
それは当たり前のことなのかもしれない。私自身も、母国語である日本語で話すときのほうがフランス語で話すときよりもずっと落ち着いて心地よく話すことができる。
メンバーの一人には、「フランス語で話すのを恥ずかしいと思ってる人も多いんだよ」と教わった。
日本にいて外国語を話すときのどこか気恥ずかしい気持ちにも通じるものがあるのかもしれない。
上の23歳の子いわく、トーゴのフランス語のレベルはネイティブのそれとはだいぶ異なるのだという。
日常生活にフランス語が定着しているコートジボワールと比べても、レベルは高くないのだと言っていた。いわゆる母国語と聞いて想像するような表現力ではない、ということなんだと思う。
公用語=母国語じゃないっていうのは、日本で育った自分の感覚からするとなかなか実感を伴った理解が難しいなと思った。
トーゴの人たちは、私たち外国人に対して自分たちの言葉を”Notre langue”(私たちの言葉)と呼んでいた。そこには元占領国の言葉への反発も含まれていたのかもしれないけれど、本音はわからない。
人々の意識の中で公用語のフランス語がここまで「外国語」の位置を占めていて、
「Notre langue」じゃないということに単純に驚いた。


色々な意味で、日本で日本語を唯一の母国語として生まれ育った私とは「言葉」「言語」についての感覚が大きく異なっていることを感じさせられた。
フランスにいたときも同じように「言葉」に対する認識や意識が異なるんだろうということを思ったけれど、それまでの人生で耳にしたことのなかったエヴェ語の響きの新鮮さ、フランス語圏という空間におけるフランス語の位置づけに対して勝手にイメージを抱いていたことも相まって、トーゴではもう少し、大きな衝撃を受けたような気がしている。

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